高松地方裁判所 平成4年(わ)93号 判決 1992年12月15日
被告人
本店の所在地
香川県坂出市林田町三四七六番地の二
有限会社
大野海運
(右代表者代表取締役 大野滿)
本籍及び住居
香川県坂出市林田町三四七六番地の二
会社役員
大野滿
昭和九年一二月三日生
(検察官)
吉田誠治
(弁護人)
宮川清水(私選)
主文
被告人有限会社大野海運を罰金一六〇〇万円に、被告人大野滿を懲役一年にそれぞれ処する。
被告人大野滿に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人有限会社大野海運(以下「被告会社」という。)は、香川県坂出市林田町三四七六番地の二に本店を置いてひき舟及び艀による港湾運送を主体とした海運業等を目的とする資本金二〇〇万円の有限会社であり、被告人大野滿(以下「被告人大野」という。)は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、被告人大野は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上を除外して簿外預金を蓄積するなどの方法により、所得を秘匿した上
第一 昭和六一年一一月一日から昭和六二年一〇月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が二六三八万二四七八円であったにもかかわらず、同年一二月二六日、香川県坂出市駒止町二丁目二番一〇号所在の坂出税務署において、同税務署長に対し、欠損金額が一〇六万九四六一円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書(平成四年押第三〇号の3)を提出し、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一〇一二万四〇〇円を免れ
第二 昭和六二年一一月一日から昭和六三年一〇月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が七四〇八万九五三九円であったにもかかわらず、同年一二月二八日、前記坂出税務署において、同税務署長に対し、欠損金額が九七万五二四五円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額三〇一五万七三〇〇円を免れ
第三 昭和六三年一一月一日から平成元年一〇月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が七二四一万六三一一円であったにもかかわらず、平成二年一月四日、前記坂出税務署において、同税務署長に対し、欠損金額が一万七四四七円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の1)を提出し、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額二九四五万四七〇〇円を免れ
たものである。
(証拠)
犯罪事実全部について
一 被告人大野の公判廷における供述
一 被告人大野の検察官に対する各供述調書(三通)及び大蔵事務官に対する各質問てん末書(一六通)
一 大蔵事務官作成の売上高調査書、雑収入調査書、受取利息調査書、給料手当調査書、外注費調査書、福利厚生費調査書、減価償却費調査書、賃借料調査書、修繕費調査書、消耗品費調査書、租税公課調査書、接待交際費調査書、保険料調査書、諸会費調査書、燃料費調査書、雑費調査書、固定資産売却損調査書、支払利息調査書、事業税調査書及び損金の額に算入した県民税利子割額調査書
一 池本佐市、大野キミ子、大野哲敬、松尾敏幸、西川正司、大橋静夫、高橋君弘、山口勝、豊田幹男(二通)及び竹田盛弘の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 商業登記簿謄本
犯罪事実第一について
一 押収してある法人税確定申告書(平成四年押第三〇号の3)
犯罪事実第二について
一 大蔵事務官作成の雑損失調査書及び減価償却の償却超過額調査書
一 押収してある法人税確定申告書(同押号の2)
犯罪事実第三について
一 押収してある法人税確定申告書(同押号の1)
(法令の適用)
被告人らの判示各所為は、各事業年度ごとに法人税法一五九条一項(被告会社については更に同法一六四条一項)に該当するところ、被告会社については情状にかんがみ同法一五九条二項を適用し、被告人については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、被告会社については同法四八条二項により合算した金額の範囲内で罰金一六〇〇万円に、被告人大野については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い犯罪事実第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で懲役一年にそれぞれ処し、被告人大野に対し同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予することとする。
(弁護人の主張に対する判断)
一 弁護人は、税務当局による査察調査の段階で税理士等の会計専門家の立会援助を受けることが被告人の財産権保障のために不可欠であるにもかかわらず、これを欠いたまま刑事訴追に至った本件については、法定手続の保障の欠缺という重大な瑕疵が存するので、本件公訴の提起は違憲無効であるとして、公訴棄却の判決を求める旨主張している。
しかしながら、租税犯の処罰に関しては、その特殊性、技術性等から専門的知識経験を有する収税官吏等による特別の調査手続が認められているところ、右犯則調査手続は、国税の公平確実な賦課徴収という行政目的を実現するために犯則事実の存否とその内容を解明することを目的とする一種の行政手続とはいえ、実質的には租税犯の捜査としての機能を営むものであり、その意味で刑事手続に準ずるものということができ、国税犯則取締法九条その他の諸規定も事案の迅速的確な把握による処罰権の正しい発動を通じて公平確実な課税を図るという立法目的を実現するための合目的的かつ合理的な規制というべきであって、刑事訴訟法上の捜査手続との対比からしても、犯則調査手続において犯則嫌疑者のために税理士等の専門家の立会権を認めていないからといって、これがために犯則調査手続が憲法三一条に規定する適正手続の保障の趣旨に悖るものとはいえないことが明らかで、弁護人の主張は独自の見解に基づく立法論の域を出るものではないというほかない。
二 また、弁護人は、被告人大野には会計処理に関する知識もなく、脱税の故意も希薄なものにとどまっていたのに、本件犯則調査手続が会計専門家の立会いを欠いたまま実施されたため、右手続を通じて確定された被告会社の利益金額が著しく過大なものとなっている旨主張するけれども、本件においては、被告会社の経理を全て行っていた被告人大野が、公表銀行口座以外の口座へ振込入金される売上を簿外として秘匿し、そこから簿外給料等の簿外経費を支出するほか、定期預金への組替えや船舶購入等に充てて簿外資産として保有するなどの方法によって、判示のとおり脱税していたものであることが、本件犯則調査を通じて明らかとなり、損益計算法によって本件犯則金額が確定されるに至ったもので、前掲関係証拠に照らし、右の過程及び内容には何ら不当として咎めるべき点はない(なお、弁護人は、減価償却費が計上されていないために不当に利益額が大きくなっているとしてこれを問題とするようであるが、減価償却については確定決算における損金経理を経ない限りその損金算入は認められないのであって、租税刑事事件における所得計算においても別異に解する理由はないから、この点も何ら不当な取扱いとはいえない。)。
三 以上の次第で、本件公訴については何ら手続的瑕疵は認められず、他方本件公訴事実については前掲関係証拠によってその証明は十分であるから、弁護人の前期主張は採用の限りでない。
(検察官の求刑)
被告会社に対し 罰金二〇〇〇万円
被告人大野に対し 懲役一年
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 豊澤佳弘)